道の駅おとふけ、居酒屋車中泊の夜
鳳乃舞の駐車場を出るころには、外気はもう冬の入口みたいな冷たさになっていた。
体の芯には、さっきまで浸かっていた42度前後の湯のぬくもりが、まだかすかに残っている。
「さて。今夜の店に向かうか。」
店といっても、もちろん自分の車だ。
それでも、あの道の駅おとふけの一角はもう、頭の中では完全に「居酒屋」の看板がかかっている。
ハンドルを握りながら、頭の中で今夜の“営業準備”を確認する。
―― 十勝カマンベール
―― ホタテ貝柱入りかまぼこ
―― ウニ入りかまぼこ
―― 昆布入りさけるチーズ
―― ほたてみみの炙り用
―― トリスのミニボトル
―― 畜大酒
あのセイコーマートの売り場を一巡りして選んだラインナップが、今、助手席のコンビニ袋の中でカサカサと揺れている。
(我ながら、いい仕入れやったな……)
道の駅に着く
21時もとうに回って、道の駅おとふけに着く。
初日、「車中泊スペースここか?」と勘違いしていた場所を、今度は少し離れたところから冷静に見直す。
「あ、ちゃんと“車中泊専用スペース”って書いてるやん……」
看板。区画。照明の位置。目が“居酒屋モード”に切り替わると、風景の見え方も変わってくる。
今夜の店はここだ。ここが、帯広郊外の一夜限りの「居酒屋・おとふけ」。
エンジンを切ると、急に世界が静かになる。フロントガラス越しに見えるのは、ほの暗い駐車場の灯りと、その向こうの、広い空の黒さ。
「さて、開店準備しますか。」
開店準備:車内がカウンターになる瞬間
まずは荷台に移ってクーラーボックスを「飲みやすいポジション」に合わせる。
クーラーボックスの天板はテーブル代わりになる。
足元にはポータブル電源。天井から吊るしたLEDライトが、ほんのり暖色で車内を照らす。
この瞬間が好きだ。
さっきまで、ただの移動手段だった空間が、一気に「一人飲みの座敷席」に変わる。
コンビニ袋から、今夜の役者たちを一品ずつ取り出して並べる。
・ウニ入りかまぼこ
・ホタテ貝柱入りかまぼこ
・十勝カマンベール
・昆布入りさけるチーズ
・ほたてみみ
そして、
・トリスのミニボトル
・畜大酒
(あの時、セイコマでトリスをカゴに放り込んだ自分を褒めたいな……)
―― よし。
これなら、どのタイミングで酔っても後悔しない布陣だ。
一杯目:トリスとチーズで、静かな乾杯
まずはトリスのミニボトルを手に取る。
カチッ、とキャップを開ける音が、やけに大げさに響く。
炭酸水をコップに注ぎ、そこにトリスをとくとくと落とす。泡が一瞬だけざわっと立って、すぐに落ち着く。
「はい、開店」
誰もいない車内で、小さくそうつぶやいてグラスを口に運ぶ。
―― ああ、このジャンクな香り。
高級でもなんでもないけど、「移動式の居酒屋」には、これくらいがちょうどいい。
つまみの一番手は、十勝カマンベール。
さっきセイコーマートで、「十勝ってついてたら、とりあえず正解やろ」と半ば反射神経でカゴに入れたやつだ。
ひと口かじる。
トリスを、もう一口。
(うん、今日は悪くない。むしろ、かなりいい。)
温泉でほぐれた体に、アルコールがゆっくり染みていく。
回想:あの売り場での「仕込み」の時間
ふと、さっきのセイコーマートの売り場が浮かぶ。
冷蔵コーナーの前で、パックに入ったかまぼこをじーっと見つめるオッサン一人。
「ホタテ貝柱入り……」
「ウニ入り……」
並んだ文字だけ見ると、かなり贅沢だ。
けれど、どれも一パック数百円。
旅のつまみとしては、ちょうど“気持ちよく背伸びできる価格帯”。
(どうせなら、“北海道の海”を一気に車内に連れて帰ろうか)
そう思って、二つともカゴに入れた。
あの瞬間から、今夜の「居酒屋車中泊」は始まっていたのかもしれない。
二杯目:ホタテとウニで、車内が一気に「海」になる
トリスのグラスが半分ほど空いたところで、ホタテ貝柱入りかまぼこを開ける。
パックを剥がすと、ふっと、加工場の匂いの向こうに、一瞬だけ「港」の気配がする。気がする。
ひと切れをかじる。
―― うん、ちゃんとホタテだ。
「なんとなく入ってます」じゃなくて、きちんと主張してくる。
これは、次の一手に迷うやつだ。
・ビールが欲しくなる旨さ
・でも、トリスでも悪くない
・日本酒に合わせたら、もっと面白そう
(さあ、どうする?)
ここで、ウニ入りかまぼこのパックにも手を伸ばしてしまう。
2品同時開けは、居酒屋的にはNGかもしれないけど、車内居酒屋は「自分ルールが絶対」な世界だ。
ウニの芳ばしい香りと、ホタテのやさしい甘み。
二種類を交互につまみながら、トリスを飲む。
「これはもう、海やな。」
思わず小声でつぶやく。
駐車場のアスファルトの上に停めた軽バンの中で、自分だけの「海鮮カウンター」が成立してしまった。
日本酒タイム:畜大酒と「ほたてみみ」
トリスのグラスが空になったところで、少し間を置く。
車内の空気が、さっきより少しだけ柔らかくなっている。
ここで、満を持して畜大酒を取り出す。
「応援も込めて」と買った一本。
(帯広に来るたびに、少しずつ地元に“投資”していってる気がするな)
プラスチックコップに、ちょっとだけ注ぐ。
湯気は立たないけど、匂いはふわりと広がる。
つまみは、満を持して「ほたてみみ」。
チャッカマンで軽く炙ったやつだ。
にんにく入り南蛮味噌をちょんとのせる。
―― これはもう、間違いなく日本酒案件。
一口。
ほたての香ばしい旨み、南蛮味噌の辛み、にんにくのパンチ。そこに、畜大酒を流し込む。
「うまいに決まってるわな……」
誰に言うでもない言葉が、ぽろっと漏れる。
静かな締め:ご飯と南蛮味噌で「北海道の夜」を終える
畜大酒をちびちびやりながら、外を見る。
道の駅の灯りが少し遠く感じる。
車内は、もう完全に自分だけの世界だ。
そろそろ締めに入ろう。
最後は、
「ご飯+にんにく入り南蛮味噌」。
シンプルすぎる組み合わせなのに、今日一日を通して出会ってきた土地の味が、一口ごとに全部よみがえってくる。
(ああ、これで今日も終われるな。)
腹八分。いや、ちょっと超えてるか。
でも、車の中でこのレベルの晩酌が完結するなら、それくらいの誤差は、もはやご褒美だ。
ポータブル電源の残量をチラッと確認する。
まだ余裕でいけるが、今日はここまでにしておく。
灯りを少し落として、
身体を倒し、
寝袋を肩まで引き上げる。
温泉の余韻。
アルコールのやわらかい眠気。
遠くで聞こえる、誰かのドアを閉める音。
―― こうして、鹿追と帯広のあいだのどこかで、
静かに夜が更けていく。
「居酒屋車中泊、本日の営業終了。」
心の中でそう宣言して、目を閉じた。
