なりさん鹿追の寿司屋で、まさかチョウザメをフルコースで食べる夜になるとは思っていなかった。
温泉、仕事、移住の話、そして酒。
偶然が連なった北海道2日目の居酒屋車中泊である。
2025年秋の北海道車中泊の旅(Part16)2日目:2025/10/07
道の駅おとふけの朝
5時30分、道の駅おとふけの車内で目が覚める。
窓の外はまだひんやりしているが、旅2日目にして「ここが自分の居酒屋兼寝室である」という感覚が、じわっと身体に染みついてきた朝である。
セイコーマートでコーヒーと飲むヨーグルト、そしてヒレカツ太巻きを仕入れて一息つく。
旅の朝食がコンビニというのは一見味気ないようでいて、実は「その土地の冷蔵ケースの個性」を味わう時間でもある。関西ではまず見ないラインナップが、しれっと棚に並んでいる。
「朝からヒレカツ太巻きて……でも、こういうときにこそ食っとかなアカンやろ」
自分にツッコミを入れつつ、車内でモグモグと北海道を味わう。
鳳乃舞で仕事をするという贅沢
鳳乃舞温泉に移動し、温泉と休憩所でのノマドワークモードに突入する。Wi-Fi回線速度は下り447Mbps、上り285Mbps。もはや都会のオフィス顔負けの高速回線である。
「帯広の休憩所、下手なコワーキングより環境がええかも」
心の中でそうつぶやきながら、MLBポストシーズンのフィリーズ対ドジャーズを横目に仕事を進める。
しかも休憩所は頻繁に掃除されていて、常に清潔。こういう「誰かがちゃんと整えてくれている場所」にいると、自然と姿勢も正される。
鹿追発祥の地、クックカルテン
10時、鹿追に向けて出発。
十勝の空は高く、道路はまっすぐ伸びている。
10時40分、「鹿追発祥の地」と掲げられた小さな店、クックカルテンに到着する。
メニューから選んだのは、やさい天そば。カウンター3席と4人テーブルがいくつかという、こぢんまりとした店内。観光客向けの「作られたレトロ感」ではなく、日常の延長にある素朴さだ。
テーブルに置かれた手作りのにんにく入り南蛮味噌を、恐る恐る一口。
「からっ!……うわ、でも後引くわ、これ」
思わず関西弁が漏れる。
辛さの向こう側で、にんにくと味噌の旨味がじわっと主張してくる。気づけば、テーブルの小皿に箸が何往復もしていた。
結局、その南蛮味噌をお持ち帰りすることにした時点で、この店に完全にやられている。
食後、店主のお母さんと話をするうちに、この店と鹿追にまつわるストーリーが少しずつ明らかになっていく。
1999年に東京から移住してきたこと。
きっかけは、学校に馴染めなかった妹さんのお子さんと一緒に、先に鹿追へ来ていた妹家族の存在だったこと。
何度も遊びに来るうちに「自分たちも移住したい」と思うようになったこと。
旦那さんは北九州出身で、元は電気工事の技術者。
それが今では農家として、この土地で暮らしているという。
「いやあ、人生って、ほんまどこでカーブ切るかわからんなあ」
店を出るとき、心の中でそう呟く。
地元のお蕎麦屋さんやと思って暖簾をくぐったら、カウンターの向こうには「移住」と「転職」と「家族の選択」がぎゅっと詰まった物語が座っていた。
道の駅しかおい、熊も移住してきていた
11時23分、クックカルテンを後にして道の駅しかおいへ。
駐車場の前には、花でできた熊がどっしりと鎮座している。以前、公民館通りにいた熊が、ここに引っ越してきたらしい。
「熊まで移住してきてるやん。鹿追、移住吸引力ハンパないな」
Wi-Fiは下り7.98Mbps、上り2.41Mbps。
さっきまでの鳳乃舞とのギャップに思わず笑ってしまう。
「さっきの爆速なんやったんや。ここは“道の駅標準速度”って感じやな」
それでも、十分ありがたい。
旅の途中で、生活に戻る時間
鹿追を出て、いったん帯広市内の拠点の部屋へ戻る。
あまりにも水回りがヌメっとしていたので、13時半から掃除タイム。
旅の途中でこうしてキッチンシンクを磨いていると、ふと我に返る瞬間がある。
「俺、今どこで何してんねやろ。でも、こういうのも含めて“暮らすように旅する”ってやつなんかもしれんな」
夕方、セリアで袋を買い、ペットボトルを捨て、17時に再び部屋を出発。
目指すは鹿追の夜の部だ。
鹿追の夜、変化球から始まる
17時55分、鹿追に到着し、ブログを3本仮アップ。
18時45分、街を散策するも、黒霧をキープしている焼肉まるよしは無念の閉店。
「なんや、いきなり本命不在かい。しゃあない、今日は変化球狙いでいこか」
そこで選んだのが「びっくり寿司」。3回目の訪問だ。
店主の弟の視線が、馴染みというわけでもなく、かといって、まったくの初対面でもない。
カウンターに座ると、店内には妙な熱気が漂っている。
どうやら今日は、四国から視察団が来ているらしく、その関係でチョウザメを4本もさばいたらしい。
チョウザメが主役になる夜
「チョウザメ? あのキャビアの親分?」
話を聞くうちに、「じゃあ、その残りを食べてみようか」という流れになる。
旅人として、ここで引き下がるという選択肢はない。
身の刺身、皮の湯引き、皮の握り、身の握り、そして骨まわりの唐揚げ。
皮には日本酒が必須で、骨の唐揚げはビールとの相性が抜群。
ひとつひとつの皿に驚かされるたび、いちいち関西弁で感想が飛び出してしまう自分がおかしい。
19時半頃、いよいよ真打ち登場。
店主であり、「鹿追のアンバサダー」とでも呼びたくなる人物が、黒いシャツのまま厨房に入り、チョウザメを鮮やかにさばきはじめる。
その手元を見ていると、単なる調理ではなく、この土地と魚と客をつなぐ「パフォーマンス」にも見えてくる。
天ぷらは、鱧を少し柔らかくしたような食感で、これもまた絶妙。
ふと横を見ると、カウンター隣では80歳オーバーのおばあちゃんと30代後半くらいのお兄さんが、政治談義で熱く盛り上がっている。
「鹿追の夜、ディープやなあ……」
内心そうつぶやきつつ、気づけばこちらもチョウザメ天ぷらと政治談義を肴に酒が進んでいる。
スナック麗、鹿追のネットワーク
チョウザメコースを堪能したあとは、店主の弟さんの計らいでスナックまで送ってもらう流れに。
向かった先は「スナック麗」。
黒霧をボトルキープし、くったり温泉レイクインをすすめられ、地元トークはさらに深まっていく。
ドリカム吉田美和さん似のチーママ。
木野から鹿追まで通う小柄なアルバイト女性。
彼女の娘さんたちと、常連さんの息子さん、そしてチーママの子どもたちが、みんなカナダ留学していたという話には、さすがに吹き出してしまう。
「鹿追、全員カナダ行ってるやん!」
会話の流れで、神田日勝美術館と福原記念美術館の話題になる。
すると、福原家の紅葉がとても綺麗だという情報がさらっと出てくる。
「福原さんって有名なんですか?」と聞くと、
「いやいや、あのフクハラよ。帯広でよく見るスーパーの」
と返ってきて、そこで頭の中で点と点がつながる。
スーパーのフクハラと、福原記念美術館、そして紅葉の庭。
「うわ、ここで全部つながったわ。そういうことかい」
思わず声に出してしまうほどの、ローカル版「世界は意外と狭い」瞬間である。
やがて20代の団体が入ってきてボックス席は一気に賑やかに。
カウンターでは、ボクシングの試合の話、慶應や多摩美術大学を目指す子どもたちの話、幕別から鹿追への引っ越し話、この時期からの日勝峠の霧のヤバさなど、話題はどんどん広がっていく。
「日勝峠? あんなん素人が走ったらアカンで」
地元の人がそう言うのだから、本当にヤバいのだろう。
自分があそこで運転していたことを思い出し、背中にうっすら冷たい汗が流れる。
23時半、「スナック麗」を出る。
会計はボトル込みで5,700円。
夜が静まり、すべてが胸に戻ってくる
セブン-イレブンでコーヒーとスイーツを買って、23時50分に車へ戻る。
車の中に座った瞬間、今日一日の光景が、一気にフロントガラスの向こう側から胸の内側へと流れ込んでくる。
朝、道の駅で迎えた冷えた空気。
鳳乃舞の清潔な休憩所と爆速Wi-Fi。
クックカルテンで聞いた、東京から鹿追へ移住した家族の物語。
びっくり寿司で出会った、チョウザメが主役のフルコース。
スナック麗でつながっていく、鹿追の人間模様と、福原家からカナダ留学までの意外なネットワーク。
「いやぁ……濃いな、今日一日。これ、全部“たまたま”でできてるんやから、旅っておもろいわ」
そうつぶやきながら荷台に移り横になる。
外は静かだが、胸の内側では、チョウザメと南蛮味噌とカナダ留学と日勝峠の霧が、まだざわざわと騒いでいる。
こうして、鹿追で迎えた北海道2日目、
2025年10月7日の夜は、更けていくのである。
ほな、また明日。
