なりさん北海道・幕別で出会った開拓時代の「きまま小屋」と依田勉三の記憶。温泉とジンギスカン、息子との食事を挟みながら、帯広と幕別を往復した一日の旅の記録。
2025年冬の北海道車中泊の旅(Part17)3日目:2025/11/12
5時、鹿追の平山旅館で起床。やや二日酔い。風呂に入ろうとしたが、湯が抜かれていた。
「ショック……」
気を取り直して朝食を食べる。やっぱりご飯はおかわりしてしまう。牛乳もうまい。前の人の食器も一緒に片付けたら、館主に感心された。些細なことだが、旅先での小さな気遣いが、次につながることもある。
橋物語に桃介橋の記事をアップ。8時チェックアウト。セブン-イレブンでコーヒーを買って一息つく。
9時20分に帯広市内のいきつけの散髪屋ブルーでカット。スッキリ。ここ1年半はずっと帯広でカット。帯広訪問のリズムと散髪の時期がちょうどいい。北側の駐車場に営業時間外に停めさせてくれることになった。お金を受け取らないと言ってくれたけど、何日お世話になるかわからないので、気持ちだけと2千円を渡す。
10時半に拠点。少し仕事をして、11時に息子と待ち合わせ。向かうは、ド定番のじんぎすかん北海道。
ご飯大盛2杯、ラム塩とホルモン塩、マトンとキングマトン、ラムとキングラム。
「やっぱり、ここのジンギスカンは最高やな」


息子と久しぶりに顔を合わせて、北海道の肉を食う。こういう時間が、旅の中にあることの贅沢さを噛みしめる。
12時半に拠点を出る。息子おすすめの幕別の華の湯に向かう。12時50分、温泉到着。その前に、幕別ふるさと館があったので寄ってみる。入館料200円。
「また、ここも開拓の歴史あり、か」
館内に入ると、石器や土器、そして開拓時代の資料が並んでいる。その中で、目を奪われたものがあった。
「きまま小屋」だ。
大正6年(1917年)に、依田勉三の晩成社(池田町)が幕別に置いた、木枝を重ねただけの小屋。人が住んでいた「きまま小屋」と呼ばれる建物。北海道で現存する唯一の建物だという。
長さが一間(1.8m)と三間(5.4m)に決まっていたので「きまま小屋」と言った。丸太の小屋は、直径が10数cmのロクロ木を組んだもので、カンテラを灯し、冬は寝床にワラを入れ、開拓の寒さをしのいだ。
展示している小屋は本物で、支部町の方から寄贈されたものだという。
「うわ、これ、ほんまに人がここで暮らしてたんやな……」


小屋の前に立つと、100年以上前の開拓者たちの息遣いが聞こえてくるようだ。依田勉三。この名前に、また出会った。歴史の実生活で書いた人物が、こうして実際の展示物として目の前に現れる。
館内には、ヒグマの剥製、エゾシカ、キタキツネ、エゾフクロウなどの動物たちも豊かに展示されている。電気のなかった時代に使われていた生活の道具もたくさんある。ランプのホヤ(ガラスのところ)のススを取るために、手の入る「窓」を作ったという工夫。
雑穀を「きね」でもんで精白にした石うす。いろいろなものを作る貴重な道具。開拓者の人々のたくましさが、展示物の一つ一つから伝わってくる。
13時30分に温泉へ。華の湯。入館料950円。タオルセットは200円。JAF割引100円があったのに気づかなかった。
広い。湯船も各種色とりどり。露天風呂も広い。サウナはあまり汗が出なかったが、全体的に気持ちいい。
17時、帯広の拠点に到着。18時20分、息子とスーリア。インド料理屋でナンとご飯のおかわり自由。
「うまい」
カレーの辛さと、ナンのもちもちした食感。帯広では同期のことを「ドンパ」と呼ぶらしい。地元の言葉やという。そんな話を息子から聞きながら、カレーをかき込む。
19時15分にトライアルで買い物。19時40分、理髪館ブルーの駐車場に車を停める。昨日、店主が「営業時間外なら使っていい」と言ってくれた場所だ。こうして「停めさせてもらえる場所」があるというのは、旅人にとって心強い。拠点で寝る。
「布団は気持ちええの〜」
車中泊も悪くないが、やはり布団で寝られるのは格別だ。
外は静かだが、胸の内側では、きまま小屋の木枝と、依田勉三の写真と、ジンギスカンの煙と、インドカレーの香りが、まだざわざわと混ざり合っている。
こうして、幕別と帯広を往復した北海道3日目、2025年11月12日の夜は、更けていくのである。
ほな、また明日。

