十勝に月1くらいで通うようになると、最初に感動するのは広い空とか、畑のスケールとか、豚丼とか、そういう分かりやすい北海道らしさである。
でも、何回も通っていると、だんだん感動のポイントがずれてくる。
景色より先に、スーパーの惣菜コーナーが気になる。
観光地より先に、セイコーマートで何を買うかを考える。
そして気づけば、旅の記憶に残っているのが、名所の写真ではなく、レジ前での一瞬やったりする。
この前、まさにそういうことがあった。
セイコーマートで買い物をして、レジに商品を置いた。
たぶん、いつものようにホットシェフと飲み物と、あと何かちょっとしたものを買ったのだと思う。十勝にいると、セコマはもう観光スポットではなく、かなり生活の一部に近い。立ち寄る理由も、「名物を見に行く」ではなく、「今ほしいものがある」になってくる。
それで、店員さんがいつもの調子で聞いてくれる。
「袋は要りますか?」
この瞬間、私はほぼ反射で答えている。
「大丈夫です」
もう、考えていない。
脳で判断する前に、口が先に動いている。
大阪で暮らしていると、袋は有料という前提が完全に体に染み込んでいる。レジで袋を勧められたら、まず一瞬考える。そして、できれば断る。その流れが生活の動作として定着している。節約というほど大げさな話ではないけれど、なんとなく断るのが正しいような気もしている。
だからセコマでも、同じことをやってしまう。
ところが、店を出てから0.5秒後くらいに気づく。
あ、しまった。
セコマ、袋無料やった。少なくとも私が行くセコマは。
この「0.5秒後」が、なんとも言えずおかしい。
その場ではきっぱり断っている。
なんなら、ちょっと慣れた感じすら出している。
ところが店を出た瞬間、心の中で小さな自分が叫ぶのである。
いや、今日はいけたやん。
もらってよかったやん。
別に損はしていない。
五円や十円を払わされたわけでもない。
頼めば普通にもらえたものを、こちらの反射神経で断っただけである。
それだけなのに、妙に心が揺さぶられる。
ここがおもしろい。
お金の問題ではないのだ。
無料なのに断ってしまった、という小さな取りこぼし感。
使えたはずのサービスを、自分の生活習慣の勢いだけでスルーしてしまった感じ。
それが、思った以上に心に残る。
しかも、こういうときに限って、買ったものが絶妙に持ちにくい。
ホットシェフ一個とペットボトル一本くらいなら、なんとかなる。
でも、そこにパンが増えたり、ヨーグルトが増えたり、ちょっとした惣菜が入ってきたりすると、急に両手が忙しくなる。車まで数歩なのに、その数歩で「袋、あったほうがよかったな」がじわじわ効いてくる。
この感じ、大阪ではあまり起きない。
大阪では、袋を断って持ちにくくなっても、それはだいたい自己責任である。有料やと分かって断っているから、あとで持ちにくくても「まあ、しゃあない」で済む。自分で選んだ結果やから納得できる。
でも、セイコーマートでは少し違う。
あそこには「本来なら袋をもらってもよかった世界線」がある。
無料で。
しかも、ごく自然に。
その世界線を、自分で勝手に閉じてしまった感じがあるのである。
大げさに言えば、これは袋の話ではなく、現代人の反射神経の話なのかもしれない。
袋は有料。
なるべく断る。
余計なものは受け取らない。
そういう暮らし方が、もう自分の体に入っている。
合理的ではあるけれど、時々その合理性が、別の土地のルールときれいに噛み合わない。その小さなズレが、十勝に通っていると妙におもしろい。
十勝では、こういうことがよくある。
大阪では当たり前の動きが、こっちでは少しだけ空振りする。
逆に、こっちでは自然なことに、大阪人の感覚がちょっと追いつかない。
それは方言みたいに分かりやすい違いではない。
文化の大きな違いでもない。
もっと細かい、生活の癖の違いである。
セイコーマートで袋を断って、店を出てから0.5秒後に後悔する。
たったそれだけのことなのに、なぜか記憶に残る。
こういうのが、月1で十勝に通っている大阪人にとっての「生活小ネタ」なのだと思う。
絶景ではない。
名物でもない。
でも、たぶんこういう一瞬のほうが、あとからじわじわ思い出す。
セコマの自動ドアを出て、
「あ、無料やった」
と気づくあの一瞬。
五円、十円の話ではない。
もっとしょうもなくて、もっと人間くさい話である。
でも、そういうしょうもない揺れ方をする自分を見ると、ああ、自分はもう観光客というより半分生活者なんやなと思う。
セコマで袋のことを考えてる時点で、かなりそっち側である。
大阪人としての結論を言うなら、これは節約話ではない。
反射の話である。
そしてセイコーマートは、ときどきその反射を外してくる。
そのたびに、
「しまった」
と思いながら商品を抱えて車に戻る。
たぶん次もまた、同じことをやる気がする。
人はそんなに簡単には、レジ前の習慣を更新できないのである。

