道の駅音更、居酒屋車中泊の夜
帯広の部屋で、少しだけ休むつもりだった。
冷凍おこわを二個、レンジで温める。
スマホ、Kindle、パソコンを充電しながら、ちょっとだけ仕事を進める。
そのつもりが、こういう日に限って集中が切れない。
Kindle本の編集を終え、依頼されていた動画と記事もアップした。
移動日なのに、いや移動日だからこそなのか、仕事が妙にはかどる夜がある。
時計を見ると、もう二十一時。
「さて、そろそろ店に向かうか」と思う。
店といっても、もちろん自分の車だ。
今夜の営業場所は、道の駅おとふけ。
帯広の部屋をいったん仕事場として使い切ってから、夜だけ車に移る。この二段構えも、最近はだいぶ板についてきた。
ポータブル電源を持ち、部屋を片づけ、必要なものを車へ積み込む。
今日の店は、少し遅めの開店になる。
ダイイチで、今夜の仕入れを決める

その前に、ダイイチへ寄る。
こういう時間のスーパーはいい。
昼の買い物とは違って、今から何を食べるかがもうかなり具体的に決まっている。
献立というより、営業方針を考える時間である。
まず目に入ったのが、クラフトビールだった。
札幌の季節限定「サクラビール」。
それから、日本ハムファイターズのクラフト。
ニッカの髭のロゴや、すすきのの看板が変わる話題まで思い出しながら、売り場の前でしばらく立ち止まる。



北海道に来た夜の酒は、こういう「ちょっと土地の気配が混じってるやつ」がいい。
つまみは、もう半分決まっていた。
昨日、息子がスーパーで買ってくれていたウニがある。
それに、半額になったサラダ巻きといなり。
タラの芽の天ぷら。
そして、息子の自家製のスモークサーモン。
派手ではない。
でも、この並びには、ちゃんと今日の北海道が入っている。
開店準備、車内が店になる瞬間

道の駅音更に着く。
外気はひんやりしているが、寒さに怯えるほどではない。
寝袋は持ってきていない。そのかわり、フリースと毛布とエアマットを用意した。春先の北海道らしい、少し読みの必要な夜である。
エンジンを切る。
一気に静かになる。
この瞬間が好きだ。
さっきまで移動のための箱だった軽バンが、急に「今夜の店」になる。
テーブル代わりの場所を整える。
ポータブル電源の位置を決める。
照明をつける。
飲み物とつまみを取り出して、手の届く順に並べる。
・サクラビール
・空と芝のエール
・ウニ
・スモークサーモン
・タラの芽の天ぷら
・サラダ巻き
・いなり寿司
・おこわおにぎり二個
我ながら、いい仕入れやと思う。
豪華すぎず、でもちゃんと機嫌がよくなる布陣だ。
一杯目、ビールを注ぐ音で店が始まる
今夜の主役は、たぶん音だった。
缶を開ける。
プシュッという小さな破裂音。
コップに注ぐ。
とくとく、しゅわしゅわ、と泡が立ち上がる。
この音だけで、もうだいぶ満足している自分がいる。
最近、旅の動画でも「何を映すか」より「どんな音が残るか」が気になる。
風の音。湯気の音。食べる音。注ぐ音。
車中泊の夜にも、ちゃんとその土地の音がある。
「はい、開店」
誰もいない車内で、小さくつぶやく。
この一言があるだけで、ただの晩酌が、少しだけ物語になる。
ウニと春の天ぷらで、北海道の夜になる
まずは、ウニをひと口。
高級店みたいな顔をして食べる必要はない。
道の駅で、車の中で、ひとりで食べるウニには、ひとりで食べるウニのうまさがある。
少しだけ冷たくて、少しだけ甘くて、海の気配が口の中に残る。
そこへビール。
――ああ、これはいい。
続いて、タラの芽の天ぷら。
春の山菜の、あの少し苦い感じがいい。
フルーティーで飲みやすい「空と芝」のエールとも相性がいい。
北海道の四月は、まだ冬の名残があるけれど、こういう苦みがひとつ入ると、ちゃんと春が始まっていることがわかる。
スモークサーモンもいい。
それも「買ってきたもの」ではなく、長男自家製というところがいい。
手間のかかった味は、派手さより先に、生活の温度を連れてくる。
サラダ巻きといなりは、半額シールつき。
でも、こういうのが車内の店にはちょうどいい。
少し贅沢なものと、こういう現実的なものが同じテーブルに並ぶと、旅がちゃんと生活に接続される。
月曜の夜は、試合がない
野球は月曜で試合なし。
もし試合があれば、たぶん何かを見ながら飲んでいた。
でも、何もない夜は何もない夜で悪くない。
静かに食べて、静かに飲んで、明日のことを少しだけ考える。
鹿追へ行くかどうか。
午前中の仕事がどれくらい進むか。
混んでいたらコワーキングを使うかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら、缶を傾ける。
車中泊の夜は、計画を立てる場所というより、予定を少しだけゆるめる場所なのかもしれない。
「明日こうしよう」と決めるというより、「まあ、明日見て決めようか」と思える場所である。
締めは、少し眠くないのに横になりたくなる時間
強い眠気はない。
でも、横になりたい気分ではある。
この感じがいい。
酒で完全に潰れるわけでもなく、仕事のスイッチが切れたあとに、思考だけが少しだけ浮いている感じ。
ジャーナリングを開いて、思いつきを少し書く。
旅のこと。
仕事のこと。
今日の運転手さんの話。
空港のこと。
母のこと。
北海道の空気があたたかかったこと。
書いていると、一日がようやく一つにまとまってくる。
外はひんやり。
車内は静か。
さっきまでの泡の音だけが、まだ少し耳に残っている。
移動日、仕事日、晩酌日、その全部を引き受けた夜の終わりとしては、悪くない締め方だと思う。
「居酒屋車中泊、本日の営業終了。」
そういう気分で、目を閉じた。

