本別歴史民俗資料館に行ってきた|戦争展示と鉄道の記憶、バロン西の余韻

西竹一とウラヌス

十勝に月1くらいで通うようになって、もう2年以上になる。

同じ土地に何度も来ていると、有名観光地をひとつずつ潰していく旅とは少し違う動き方になってくる。大きな目的地を目指すというより、前に見たものの続きを回収しに行くような日がある。

この日の本別行きは、まさにそんな移動だった。

先日、帯広競馬場の馬の資料館で見た西竹一とウラヌスの話が、ずっと頭に残っていた。そこで知ったのが、ウラヌスのたてがみが本別町歴史民俗資料館に納められているということだった。

帯広から本別までは、少し足を延ばせば届く距離である。以前なら移動の途中のように感じた距離だったが、今は少し違う。帯広を起点に考えるようになったせいか、50km前後の移動にもちゃんと「行く感」が出てきた。それでも、この日はその距離がちょうどよかった。前に見た話の続きを、自分の足で見に行くには。

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帯広競馬場で知った物語の続きを、本別でたどる

帯広競馬場の資料館では、馬そのものの力強さだけでなく、人と馬が背負わされた時代の重さも伝わってきた。西竹一と愛馬ウラヌスの話も、そのひとつだった。

華やかな馬術の経歴だけでは終わらず、戦争という現実の中でその物語が別の影を帯びていく。資料館でその流れに触れたあと、たてがみが本別にあると知ったことで、話が急に地図の上に落ちてきた。帯広で読んだ物語が、本別という具体的な場所につながったのである。

旅先でこういうことが起きると、次の行き先が観光案内ではなく、前の記憶の続きから決まる。今回はそれが、本別町歴史民俗資料館だった。

本別町歴史民俗資料館で見た、戦争の重さ

資料館に入って感じたのは、展示の幅の広さだった。町の歴史や暮らしの資料だけでなく、戦争に関する展示もあり、思った以上に立ち止まる時間が長くなった。

特に印象に残ったのは、軍馬に関する展示である。戦争というと、どうしても人間の歴史として受け取りがちだが、そこには馬もいた。展示の中には軍馬の蹄に関する資料もあり、人だけでなく、生き物すべてが時代に巻き込まれていったことが静かに伝わってきた。

資料館の展示は声高ではない。ただ、だからこそ重い。大きな言葉で戦争を語るのではなく、町の中に残された資料としてそれが置かれている。その距離感が、かえって現実味を持って迫ってきた。

バロン西の話を追って本別まで来たのだが、実際に見たのは一人の人物の逸話だけではなかった。もっと広く、戦争の時代に生きた人や馬や町の記憶そのものだった。

廃線の歴史が残る町で、鉄道の時間を思う

もうひとつ印象に残ったのが、鉄道に関する展示だった。

道の駅ステラ本別でも、かつての路線の歴史パネルを見た。網走線が明治43年に開通し、平成18年4月20日に廃線となったことを知る。北海道の地方を走っていると、鉄道が消えたあとに残る町の空気を感じることがあるが、本別もそうだった。

鉄道があったころの町と、なくなったあとの町。もちろん、今は今の暮らし方があるのだろう。ただ、資料としてその歴史を見ると、移動の中心が変わることで町のリズムも確実に変わっていったのだろうなと思う。

車で来て、車で帰る自分がそんなことを考えるのも、少し不思議ではある。けれど、北海道では車移動が便利だからこそ、消えていった鉄道の存在が逆に見えてくる。便利さの裏側で、失われたものの輪郭が浮かぶことがある。

本別まで来たから見えた、帯広を起点にした感覚

以前の自分なら、本別はどこかへ向かう途中にある場所だったかもしれない。もっと遠くへ行く旅の一部であり、通過点に近い感覚だった。

でも今は違う。帯広から本別へ向かうと、「少し出かける」という感覚になる。帰り道になると、帯広のほうへ戻ることにちょっとした「ただいま」に近い感覚すらある。

それは住んでいるとはまた違うのだが、少なくとも起点は変わったのだと思う。旅を続けているうちに、自分の中の地図の重心がずれていく。そのずれが、こういう日にふと実感として現れる。

本別の資料館で歴史や戦争や鉄道を見たことと、帯広を起点にして動いている感覚は、どこかでつながっていた。遠くの町の話を見に来たつもりが、自分の足場が変わっていることも同時に確認していた。

物語の続きを見に行く移動は、少しだけ旅の質が変わる

観光地を巡る旅ももちろん楽しい。ただ、同じ土地に何度も通うようになると、こういう動き方が増えてくる。

前に見た展示の続きを見に行く。
聞いた話の確かめに行く。
気になっていた町の資料館に足を延ばす。

派手さはないが、この動き方には独特の手触りがある。点だった記憶が、少しずつ線になる感じがあるからだ。

帯広競馬場の資料館で見た西竹一とウラヌスの話が、本別まで自分を運んだ。この日の移動は、戦争展示や鉄道の歴史まで含めて、ひとつの町の資料館を見に行ったという以上の時間になった。

本別まで足を延ばして、歴史と戦争と鉄道を見た日だった。けれど実際には、それだけではない。帯広で知った物語の続きをたどりながら、自分の中で帯広がますます起点になっていることを確かめた一日でもあった。

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