帯広競馬場の資料館で知った西竹一とウラヌスの物語

バロン西と呼ばれた英雄

その日は、帯広駅前のコワーキングスペース「LAND」移動していた。

仕事のための移動である。いつもの帯広の一日だった。道中に帯広競馬場があったので、せっかくなので少しだけ寄ってみた。ほんまに、何気なくである。

ばんえい競馬の施設があることは知っていたが、この日はレースを目当てにしていたわけでもない。ただ、近くまで来たから少しのぞいてみよう、くらいの気持ちだった。こういう立ち寄り方は、旅先でも案外悪くない。最初から何かを期待していないぶん、ふいに出会ったものがそのまま心に入ってくる。

場内を歩き、資料館にも入ってみた。ばんえいの歴史や、十勝と馬との関わりが並ぶ展示を見ていくうちに、1枚の説明パネルの前で足が止まった。西竹一とウラヌスの話である。

ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得した馬術家と、その愛馬。
そう書くと華やかな英雄譚に聞こえる。けれど、読み終わったあとに胸に残ったのは、金メダルでも勝利でもなかった。

硫黄島へ向かう前、西はウラヌスに会いに行った。
そして、たてがみをポケットにしのばせたという。

歴史の話を読んでいると、ときどき出来事より先に、ひとつのしぐさだけが心に残ることがある。

誰が勝ったとか、どの年に何が起きたとか、そういう大きな見出しではない。
もっと小さいものだ。
帰る前に会いに行ったこと。
足音を聞き分けたこと。
そして、たてがみをポケットにしのばせたこと。

西竹一とウラヌスの話を見ていて、最後に自分の中に残ったのは、まさにその小さなしぐさだった。

西竹一といえば、ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得した名馬術家として知られている。ウラヌスとともに障害を越え、「We won!!」と語った姿は、たしかに華やかな一場面である。けれど、この物語が静かに胸に入ってくるのは、その栄光の場面よりむしろ、その後の時間にある。

時代は、馬の時代から戦車の時代へ移っていく。兵の足としての馬は、少しずつ機械に置き換えられていく。西自身もまた、騎兵から機甲兵へと役割を変えていった。人が時代に合わせて変わっていくように、軍隊の思想も、戦い方も、音も、匂いも変わっていったのだろう。

それでも、人の記憶の深いところには、機械では置き換えられないものが残る。

久しぶりに会いに行った西の足音を聞いて、ウラヌスが狂ったように喜んだ、というくだりがある。首をすり寄せ、愛咬までする。言葉にすると少し微笑ましいが、そこには動物の反応を超えた、時間の厚みのようなものがある。覚えていたのだと思う。世話をしてくれた人、乗ってくれた人、共に勝った人のことを。

人間は、忘れる生きものだ。都合よく整理し、前へ進むために、思い出を少しずつ薄めていく。けれど馬は、ときどきこちらが忘れかけていたものを、まっすぐな反応で思い出させてくる。ああ、関係というのは記録ではなく、身体に残るものなのだと。

西はそのとき、ウラヌスのたてがみをポケットにしのばせたという。

この場面が、たまらなく切ない。

ただの記念かもしれない。
縁起担ぎのような気持ちもあったのかもしれない。
あるいは、もう二度と会えない予感が、本人にもどこかにあったのかもしれない。
本当のところはわからない。わからないけれど、だからこそ想像してしまう。

人は、本当に大切なものに対しては、案外大げさなことをしない。長い手紙を書くでもなく、盛大な別れの言葉を言うでもなく、ただ少し持っていく。写真を一枚。石をひとつ。切符の半券。そして、たてがみを少し。

それで十分なのだと思う。十分というより、それしか出来ないのかもしれない。大きすぎる気持ちは、大きいままでは持ち運べないからだ。

その後、西は硫黄島で命を落とし、ウラヌスもまた後を追うように病死したと伝えられている。史実としての細部にはいくつかの語り方があるのだろうが、この話が長く人の心に残る理由は、戦史の正確さだけでは説明できない。そこには、人と馬のあいだにたしかにあった時間があり、しかもその時間が、戦争という大きすぎるものに押し流されながらも、最後まで消えなかったからだと思う。

時代は、いつも大きな言葉で人を動かそうとする。国家、任務、栄光、勝利、合理化、近代化。そういう言葉はたしかに歴史を動かす。けれど、ひとりの人間を最後まで支えるのは、案外そういうものではない。自分の足音を覚えてくれている存在がいたこと。再会したとき、全身で喜んでくれる相手がいたこと。そのぬくもりを、少しだけ持って戦地へ向かったこと。

人は何のために生き、何を抱いて最後の場所へ向かうのか。
そんな大げさな問いを立てる前に、この話はもっと静かに教えてくる。
人は、愛したものの気配を懐に入れて生きるのだと。

旅をしていても、たまにそういうことを思う。どこへ行ったかより、何を見たかより、最後に残るのは小さな場面だったりする。別れ際の一言、店の灯り、湯気、手触り、誰かの癖。人生は案外、そういう細部で出来ている。歴史もまた、同じなのかもしれない。

帯広駅近くで仕事をするために移動していた日、何気なく立ち寄った帯広競馬場で、自分はそんな話に出会った。ばんえいの力強さとは少し違う、もっと静かな物語だった。けれど、その静けさのほうが、あとから長く残った。

西竹一とウラヌスの話は、英雄譚である前に、ひとつの別れの話だった。
そしてその別れは、声高ではない。
静かで、あたたかくて、どうしようもなく寂しい。

たてがみをポケットにしまうという行為は、戦争の時代の中に、ぎりぎり残された個人の祈りの形だったのではないか。
そんなふうに思う。

華やかな金メダルよりも、その小さな祈りのほうが、今の自分には深く残った。

なお、ウラヌスのたてがみは現在、本別町の歴史民俗資料館に納められているという。いつか、その続きを見に行ってみたいと思った。

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